(第25回)[商業登記編]
取締役を辞任したが、会社が退任登記をしない場合の対処方法

私は、A株式会社の取締役を長年勤めてきましたが、先日、取締役を辞任することとし、社長に対して辞任届を提出しました。
しかし、A株式会社は、私から退任登記をするよう要求したにもかかわらず、適当な後任者がいないとの理由により、私の取締役辞任による退任登記をしてくれません。
A株式会社の協力が得られない場合に、私の退任登記を申請するためにはどのようにすれば宜しいでしょうか。

1.取締役の辞任

 株式会社(以下「会社」といいます。)との間で委任契約中の取締役は、いつでも自由に委任契約を解除することが可能であり(民法651条1項)、それによって取締役を退任します。取締役の側からする解除権の行使が「辞任」です。
 辞任の意思表示は、会社の代表取締役等の受領権限を有する者に到達することで効力が発生します。
 したがって、本事例のように、辞任届を社長に提出した時点で、辞任の効力が発生します。

2.辞任による取締役の退任登記

 取締役が辞任により退任した場合、会社は、当該取締役の退任登記をする必要があります(会社法915条)。
 但し、会社が取締役会設置会社の場合には、辞任により取締役が3名未満となるケースでは、辞任をした取締役は、後任者が選任されるまでの間、取締役としての権利義務を有することになり、退任登記をすることができませんので、ご注意ください(会社法331条4項、同346条1項)。
 なお、後任者に適当な者がいない場合には、取締役会を廃止(取締役会廃止のメリット及びその方法については、登記相談Q&A第20回に記載がありますので、ご参照ください。)し、かつ取締役の最低員数に関する定款規定を削除することによっても、退任登記が可能になります。

3.退任登記をしない会社

 しかし、当方の今までの経験上、中小企業の場合には、本事例のように後任者に適当な者がおらず、かつ取締役会の廃止するための費用が勿体ないとの理由により、取締役辞任の効力発生後も、退任登記をしない会社が少なからず見受けられます。
 オーナー社長と他の取締役が対立をし、事実上社長が他の取締役を辞めさせたようなケースであれば、辞任の効力発生後、会社は、即座に取締役退任登記等の所要の変更登記を行うでしょう。
 しかし、特段そのような対立が無く、取締役側から身体的又は年齢的な理由等により辞任を申し出た場合には、会社としても退任登記を急ぐ実務上の理由がなく、登録免許税等の費用をかけるくらいであれば、次の任期満了による改選時期まで退任登記を放置する会社が多々あります。
辞任直後に退任登記をすると、取締役会を廃止した場合には、登録免許税だけでも7万円(資本金が1億円超の会社の場合には9万円)必要であり、他方次の改選時期までに適当な後任者を探し、後任者の選任登記も含めて一括で登記をすれば、登録免許税は1万円で足りるためと思われます。
 もちろん、辞任の効力発生後から2週間以内に退任登記をしなければ、社長個人が100万円以下の過料の制裁を受ける可能性がありますが、現状では、実際に過料の制裁を受けるケースが多くないことも退任登記が放置されがちになる要因の1つといえるでしょう。

4.辞任した取締役からの退任登記の方法

 しかし、取締役登記が残存していると、辞任した取締役は、辞任したことを知らない第三者に対し、自身が取締役を辞任したことを主張することができません(会社法908条1項)。
 そのため、会社債権者が取締役に責任追及する場合など、あなたは既に辞任したつもりであっても、取締役の登記が残存していることにより、無用な紛争に巻き込まれる可能性があります。
 したがって、後日の紛争を防ぐためにも、あなたとしては、積極的に取締役の退任登記を行うよう会社に要求すべきと考えます。
 とはいえ、会社の登記申請人が代表取締役であるため、代表取締役の協力が無くては、退任登記をすることができません。
 そこで、本事例のように、会社が取締役の退任登記を申請してくれない場合、あなたは、会社を被告として、取締役退任登記手続請求訴訟を提起することができます。
 取締役退任登記手続請求訴訟は、「被告(A株式会社)は、原告(あなた)が平成○○年○月○日被告の取締役を辞任した旨の変更登記手続をせよ。」との判決を求めるものであり、これが認容されると、被告の登記申請の意思表示が擬制されることになります。
 あなたは、当該確定判決を添付することによって、会社の協力無しに退任登記をすることが可能になります。
 但し、会社が取締役会設置会社で、あなたが辞任することによって取締役の員数が3人未満となる場合には、最低員数を欠く退任登記であるため、当該確定判決を添付しても、法務局は退任登記を受理しない取り扱いですので、ご注意ください。
 その場合には、上記訴訟と併せて、仮取締役選任の申立てをする必要があります。

5.当事務所に依頼することのメリット

 上記4.で記載した通り、辞任した取締役の側から登記申請をするためには、確定判決を得るための訴訟手続を行う必要があります。
 登記手続は司法書士の専門分野ですが、訴訟手続は弁護士の専門分野です。
 しかし、訴訟手続においても、登記手続を意識した対応が必要になり、登記に関する知識が必須となりますので、どの弁護士でも迅速かつ正確に対応できるというわけではありません。
 当事務所であれば、企業法務を専門にしている弁護士が多数所属し、かつこのような登記手続の知識が必要な訴訟手続においては、司法書士である当方も一緒に検討することが可能であり、ワンストップサービスを実践しているというメリットがあります。
 本件のようなケースでお困りの方がいましたら、是非訴訟手続の段階からお気軽にご相談ください。

以上