上場申請会社の粉飾決算について主幹事証券会社の損害賠償責任が肯定された事例(令和2年12月22日 第三小法廷判決)

1 はじめに

 2020年における新規上場社数は93件にのぼり、2007年(121社)以来で最も多い件数となりました。また、20「21年通年での上場社数見通しは前年比横ばいの90~100社程度が見込まれている。」との新聞報道にもあるとおり、現在も多くの事業会社が新規上場を目指し、上場準備に取り組まれていることと存じます。

 本稿では、虚偽記載のある有価証券届出書等を提出して東京証券取引所マザーズ(以下「東証マザーズ」といいます。)に上場した事業会社をめぐり、主幹事証券会社の金融証券取引法(以下「金商法」といいます。)21条1項4号に基づく損害賠償責任が、同条2項3号により免責されるか否かが争点となった最高裁判決(以下「本判決」といいます。)をご紹介し、最後に本判決が引受審査及び申請会社の上場準備実務に与える影響について検討します。
 なお、同事件の一審及び控訴審に関する詳細な説明及び考察につきましては、過去の本コラムで取り上げております(一審につき2017年6月、控訴審につき2018年6月)ので、そちらもご参照ください。

2 事案の概要及び事実経緯

  • (1)

    事案の概要

     本件は、半導体製造装置の制作販売会社である株式会社エフオーアイ(以下「エフオーアイ」といいます。)が、架空の売上を計上して粉飾決算を行い、虚偽記載のある有価証券届出書を提出して東証マザーズに上場したところ、その後、粉飾決算の事実が明らかとなったため、上場時の募集又は売出し等に応じて同社の株式を取得した原告らが、金商法や会社法等の規定に基づき、損害賠償請求を求めた事案です。
     なお、本件では、エフオーアイの役員等も訴えられていましたが、本稿では、主幹事証券会社の責任に関する部分に絞って検討することとします

  • (2)

    事実経緯

    2007年5月主幹事証券会社就任
    8月引受審査開始(1回目)
    12月上場申請(1回目)
    2008年2月東証及び主幹事証券会社に対し、「注文書偽造による巨額粉飾決算企業の告発」と題する匿名の投書(第1投書)
    引受審査部:追加審査を実施し、第1投書には信憑性がないものと判断。
    自主規制法人:エフオーアイの上場承認の予定を延期して、預金通帳の確認など、追加調査を実施したが、問題はないと判断。
    4月上場申請の取り下げ
    8月引受審査開始(2回目)
    引受審査部:2回目の引受審査を開始し、追加審査を行った結果、改めて同社の上場適格に問題はないと判断。
    12月上場申請(2回目)
    自主規制法人:改めて上場審査を行ったところ、エフオーアイの取引先の信用懸念から、債権の一部が不良債権化するおそれがあるとして、2008年3月期を上場直前基準期とする上場は困難との見解。
    2009年5月上場申請の取り下げ
    6月引受審査開始(3回目)
    引受審査部:3回目の引受審査を開始し、追加審査を行った結果、改めて同社の上場適格に問題はないと判断。
    8月上場申請(3回目)
    10月16日上場承認
    有価証券届出書提出
    10月27日頃東証及び主幹事証券会社に対し、「10月16日付で東証マザーズに上場承認されたエフオーアイの巨額粉飾決算の実態についての告発」と題する匿名の投書(第2投書)
    自主規制法人:第2投書を受け、改めて預金通帳の写しを調査するなどしたが、上場スケジュールを変更する必要はないと判断。
    11月20日東証マザーズに上場
    2010年5月証券取引等監視委員による強制調査
    6月15日上場廃止(同年5月21日に破産手続開始申立て)

3 問題の所在

 有価証券届出書の重要な事項について虚偽の事実がある場合の主幹事証券会社の責任について、金商法上、次のような規定が置かれています。

21条(虚偽記載のある届出書の提出会社の役員等の賠償責任)

  • 1 有価証券届出書のうちに重要な事項について虚偽の記載があり、又は記載すべき重要な事項若しくは誤解を生じさせないために必要な重要な事実の記載が欠けているときは、次に掲げる者は、当該有価証券を募集又は売出しに応じて取得した者に対し、記載が虚偽であり又は欠けていることにより生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、当該有価証券を取得した者がその取得の申込みの際記載が虚偽であり、又は欠けていることを知つていたときは、この限りでない。
    • ④ 当該募集に係る有価証券の発行者…と元引受契約を締結した金融商品取引業者又は登録金融機関
  • 2 前項の場合において、次の各号に掲げる者は、当該各号に掲げる事項を証明したときは、同項に規定する賠償の責めに任じない。
    • ③ 前項第四号に掲げる者 記載が虚偽であり又は欠けていることを知らず、かつ、第百九十三条の二第一項に規定する財務計算に関する書類に係る部分以外の部分については、相当な注意を用いたにもかかわらず知ることができなかつたこと。

 このうち、2項3号の「第百九十三条の二第一項に規定する財務計算に関する書類に係る部分以外の部分については、相当な注意を用いたにもかかわらず知ることができなかつたこと。」に関して、監査証明に係る財務書類に虚偽記載があった場合、主幹事証券会社は、虚偽記載の事実を知らなければ、知らないことに不注意があっても免責されるのか、あるいは何かしらの注意義務が課され、その注意義務を尽くした場合に限り免責されるのかについて、従前、裁判例はおろか、通説的見解もなかったところ、本件においても、当該条項の解釈が問題となりました。

4 裁判の経過

 各裁判所の判断は次のとおりです。

  •  ※一審及び控訴審の詳細は、過去の本コラム(一審につき2017年6月、控訴審につき2018年6月)をご参照ください。
一審
(東京地裁平成28年12月20日判決)
主幹事証券会社の免責を認めず、約3,000万円の賠償を命じる。
控訴審
(東京高裁平成30年3月23日判決)
主幹事証券会社の免責を認め、一審判決を取り消し。
本判決
(令和2年12月22日第三小法廷判決)
主幹事証券会社の免責を認めず、破棄差戻し。

5 本判決の要旨(主幹事証券会社の責任について)

 本判決は、以下のような判断を行い、主幹事証券会社の免責を認めず、損害賠償責任を認めました。

(1)21条2項3号該当性

 まず、21条2項3号に基づく免責を受けるために必要となる主観的要件、及び注意義務の内容について、次のような枠組みを示しました(下線部は本稿執筆者による。)。

引受審査対象事項主幹事証券会社が免責されるための主観的要件・注意義務
財務計算部分以外の部分
  • 相当な注意を用いたにもかかわらず当該虚偽記載等を知ることができなかったこと

財務計算部分(前提)独立監査人による監査を信頼して引受審査を行うことを許容されている
  • 当該虚偽記載等について知らなかったこと

監査の信頼性の基礎に重大な疑義を生じさせる情報に接した場合…
  • 監査が信頼性の基礎を欠くものではないことにつき調査確認を行うこと

 そして、このような枠組みのもと、本件においては「(投書の内容が)売上高の粉飾の典型的な兆候といえる複数の事象が継続してみられる状況にあったこととよく符合するものであった」こと、「被上告人(=主幹事証券会社)において把握している事実関係と合致する記載がされており、かつ、・・・粉飾決算の手法、内容等を具体的かつ詳細に指摘するものであって、本件会社(=エフオーアイ)の内部の者が事実に基づき作成した可能性が十分に考えられるものであった」ことから、「本件各投書は、…重大な虚偽記載があることを相当の信ぴょう性をもって指摘するものであった」として、主幹事証券会社が「当該財務諸表についての本件会計士による監査の信頼性の基礎に重大な疑義を生じさせる情報に接していた」と評価し、調査確認を行うべき注意義務があったと判断されました。
 さらに、本件主幹事証券が尽くすべき具体的な注意義務の内容として、「本件各投書による上記疑義の内容等に応じて、本件会社に対して必要な資料の提示を求め、本件会計士から事情を聴取し、本件会計士に追加の調査報告を求めるなど、上記監査の信頼性に関する種々の調査を行うことができたといえ、また、これを行うことが期待されていた」と判断されています。

(2)本件において主幹事証券会社が行った調査に対する評価について

 次に、上記注意義務が尽くされていたかの判断にあたっては、主幹事証券会社が実際に行った対応について下記のように評価を行ったうえで、「本件各投書による疑義の内容等に応じて調査確認を行ったとみることはできない。」と判断されました。

主幹事証券が行った対応本判決での評価
エフオーアイの従業員等が業務妨害の意図で送付したものと思われる旨の説明を受けてその作成者の処分を求めた。不適切な対応
第2投書を受け取ってもなおその者から事情を聴取するなどの調査確認を行わなかった。本件各投書の信ぴょう性の評価を大きく誤ったもの
第1投書を受け取った後にその指摘に係る…ストックオプションの付与の事実がないことを確認した。このことをもって本件各投書に信ぴょう性がないと直ちに評価し得るものではない。
第1投書を受け取る前に、本件会計士の監査実績及び監査体制に特段の問題がないことを確認し、本件各投書の受取の前後を通じて、本件会計士が実施した監査手続の内容について聴取した。聴取に係る監査手続は、売掛金の実在性を…残高確認書によって確認するなどしたものにすぎず、本件偽装取引先の協力者の関与の下、注文書、検収書等を含む証ひょう類の大半を偽造するという本件各投書の指摘する手法による粉飾決算の可能性に対応したものとはいえない。
監査手続において証ひょう類の原本確認が行われたか否かすら具体的に確認しなかった。粉飾決算の可能性を否定するに足りる監査手続が実施されているか否かを確認したとはいえない。
第1投書を受け取る前に、本件偽装取引先のうち2社の訪問調査等を実施し、さらに、第1投書を踏まえた追加調査として、売上げに関する証ひょう類の突合等を実施した。
しかし、上記訪問調査はエフオーアイの提案に従いその対象を選定して実施されたものであり、このうち1社は本件各投書の内容に照らして協力者であっても矛盾しない者が担当者として応対したもの、上記突合は証ひょう類の写しの相互に矛盾がないことを確認したにとどまる。
これらの調査は本件各投書の指摘する手法による粉飾決算の可能性を否定するに足りるものとはいえない。

(3)本件における免責についての結論

 以上のとおり、本件主幹事証券会社は、監査が信頼性の基礎を欠くものではないことにつき調査確認を行うべき義務があったにも関わらず、「本件各事業年度の財務諸表についての本件会計士による監査がその信頼性の基礎を欠くものではないことにつき、本件各投書による疑義の内容等に応じて調査確認を行ったとみることはできない」として、「金商法21条1項4号の損害賠償責任につき,同条2項3号による免責を受けることはできない。」と判断されました。

6 考察

(1)本判決内容について

  • 引受証券の注意義務の有無・程度について

     監査証明を受けた有価証券届出書について虚偽記載があった場合の元引受業者の免責要件に関し、これまで様々な見解が存していたところ、本判決では、主幹事証券会社が監査法人の監査結果を信じることを許容しつつも、監査の信頼性の基礎に重大な疑義を生じさせる情報に接した場合には、調査確認を行う義務があるとの枠組みを示しました。
     この点、同免責要件の解釈について、従前「公認会計士・監査法人の監査証明に係る財務書類の虚偽記載等については、元引受金融商品取引業者等は、虚偽記載等を知らなければ、知らないことにいかに不注意があっても損害賠償の責任を負わない…とすれば、法的責任に関する限り、元引受金融商品取引業者等は、有価証券届出書の極めて重要な部分である公認会計士・監査法人の監査証明に係る財務書類についてはまったく調査をせず、発行会社の表示をそのまま受け入れることが最も安全である。しかし、そのようなことは募集・売出しに関与する者の相当の注意と慎重な配慮によって、完全かつ正確な有価証券届出書による開示を図ろうとする法の理念に反する。」との見解があったところ、本判決では、かかる見解と適合的な枠組みが示されたと評価することができるものと考えられます。

  • 調査方法に対する評価について

     本判決では、主幹事証券会社が行った対応について、いずれも不適切ないし粉飾決算の可能性を否定するものとはいえないとの評価を行い、「本件各投書による疑義の内容等に応じて調査確認を行ったとみることはできない。」と結論付けました。
     この点、主幹事証券会社が負う注意義務の程度については、「「監査が信頼性の基礎を欠くものではないことについて」の調査確認であって、公認会計士等と同様の審査を改めて行うことではない」との評釈があるところであり、また、その注意義務の具体的内容は、疑念の程度やその具体性等、事案ごとの個別の事実関係により決せられることとなるものと考えられます。

(2)想定される実務への影響について

 「監査の信頼性の基礎に重大な疑義を生じさせる情報」や「調査確認」の範囲については、案件ごとに個別の判断をせざるを得ないことを踏まえると、今後の引受審査においては、これまで以上に慎重な審査が行われることとなる可能性が考えられます。そして、これに伴い、引受証券会社及び申請会社いずれの立場においても、時間的・人的コストの増加等が生じる可能性が考えられます。
 一方、申請会社における上場準備実務への影響について、上記負担増加の可能性は否定できませんが、本判決が、実際に粉飾決算が行われていたこと、及び粉飾決算を強く疑わせる事情が存在していたことを前提とするものであり、投書が行われた場合すべてについて、本件と同程度の「調査確認」が行われるべき必要があることまでをも含意するものではないことを踏まえると、真摯に上場を目指す多くの会社においては、投書が行われたことをもって直ちに上場延期等の事態が生じることを覚悟する必要性は高くないと思われ、これまでどおり、主幹事証券会社との間で適時適切な情報共有や意見交換を行うことにより、滞りなく上場準備を進めることは十分可能であると考えられます。

7 最後に

 本稿では、虚偽記載のある有価証券届出書等を提出して東証マザーズに上場した事業会社をめぐり主幹事証券会社の責任が争点となった最高裁判決事例をご紹介し、今後の引受審査及び上場準備実務に与え得る影響について考察しました。
 上場準備に関する一般的なご懸念、または引受審査もしくは上場審査における具体的対応についてご懸念等がございましたら、お気軽にご相談ください。

以上

  1. TOKYO PRO Market市場を除きます。
  2. 日本経済新聞2021年3月18日朝刊「新規公開13社どまり」
  3. なお、主幹事証券会社以外の責任に関しては、下級審で確定したものを含め、概要、次のとおりです。
    代表取締役金商法21条1項1号,22条1項の責任を認める。
    取締役
    監査役常勤監査役、非常勤の社外監査役いずれについても、金商法21条1項1号、22条1項の責任を認める。
    東証/自主規制法人/主幹事証券会社以外の引受証券会社/受託証券会社/売出人損害賠償責任認めず。
    会計監査人第一審判決前に和解成立。
  4. 神田秀樹=黒沼悦郎=松尾直彦編『金融商品取引法コンメンタール1 定義・開示制度(第2版)』(商事法務、2018) 461頁〔志谷匡史〕
  5. 遠藤元一「元引受証券会社の引受審査に関するエフオーアイ最高裁判決(最三判令和2・12・22)の検討-事業会社における通報等の調査の範囲・手法等への示唆を考える」(『NBL』商事法務 No.1189、2021年3月1日号、8頁)