民事裁判手続のIT化に向けて

弁護士 美和 薫

2020年10月1日

1 民事裁判手続のIT化に向けて

 現在の民事裁判手続では、私たち弁護士は、必要書類を持参、郵送又はFAXを利用して紙ベースで提出しています。しかし、近年の情報通信技術の著しい進展を踏まえ、民事裁判手続もIT化を図り、国民や企業にとってより一層利用しやすくなることが望ましいことは言うまでもありません。

 平成29年6月に閣議決定された「未来投資戦略2017」では、「迅速かつ効率的な裁判の実現を図るため、…裁判に係る手続き等のIT化を推進する方策について速やかに検討」するとされ、これを受けて内閣官房に設置された「裁判手続等IT化検討会」は、平成30年3月、「裁判手続等のIT化に向けた取りまとめ―「3つのe」の実現に向けて―」と題する報告書を取りまとめました。
 ここでいう「3つのe」とは、①e提出(主張証拠のオンライン提出等)、②e法廷(ウェブ会議・テレビ会議の導入・拡大等)、③e事件管理(訴訟記録への随時オンラインアクセス等)というものであり、民事裁判手続の全面IT化を目指すものです。
 その後、公益社団法人商事法務研究会に設置された「民事裁判手続等IT化研究会」(座長:山本和彦一橋大学大学院法学研究科教授)において、民事裁判手続のIT化の進め方や問題点等について詳細な検討が行われ、令和元年12月13日に「民事手続等IT化研究会報告書―民事裁判手続のIT化の実現に向けて―」(以下「本報告書」といいます)が取りまとめられました。
 そして現在、法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会(以下「IT化部会」といいます)において、上記の山本和彦教授を部会長として、令和4年中の民事訴訟法(IT化関係)の改正を視野に入れ、民事裁判手続のIT化に向けて更なる議論が進められています。

 民事裁判手続IT化に関する検討事項は多岐に渡っており、本報告書も約180頁という大部なものです。本稿では、本報告書に記載された内容のうち、IT化部会第1回会議(令和2年6月19日開催)にて検討されたオンライン申立ての義務化というテーマと、同第2回会議(同年7月10日開催)にて検討されたオンラインによる訴えの提起というテーマについて、現在進行中の議論の概要をご紹介します。

2 オンライン申立ての義務化

(1)現在の民事訴訟法の内容

 民事訴訟法には、既にオンライン申立てを前提とした規定自体は存在します(民事訴訟法第132条の10)。これは、平成16年の民事訴訟法改正の際に整備されたものです。
 ただ、この規定では「最高裁判所規則で定めるところにより電子情報処理組織を用いてすることができる」と定められているところ、最高裁判所規則がまだ整備されていないために、結果として、未だに同条に基づいてオンライン申立てをすることはできません。
 なお、ここでいうオンライン申立てとは、訴えの提起に限らず、裁判所に対する申立てその他の申述(書面の写しの提出を含む)を意味しています。

(2)本報告書の内容

 オンライン申立てについては、利用者の利便性を高めるという見地から、積極的に進めていくべきであるという方向性については、あまり異論は出ないところかと思います。
 本報告書では、その進め方について、【甲案】(オンライン申立てを原則義務化する考え方)、【乙案】(オンライン申立てを弁護士等に限り義務化する考え方)、【丙案】(オンライン申立ての利用を任意とする考え方)という3つの考え方に整理した上で、まずは【丙案】を実質的に実現し、その後、国民におけるITの浸透度、本人サポートの充実、事件管理システムの利用環境等の事情を考慮して、国民の司法アクセスが後退しないことを条件として、【甲案】を実現することを目指しつつ、その過程において【乙案】を実現することとしてはどうか、と提案しています。
 なお、事件管理システムとは、裁判所において今後開発を予定しているシステムであり、当事者が外部からオンラインで接続することができ、裁判所に提出すべき書面等をアップロードする方法によって提出すること等を可能とするシステムです。電子化された訴訟記録の管理や、ウェブ会議等を利用した裁判期日等についても、同システムを通じて行うことがイメージされています。
 オンライン申立てに一本化していく(つまり書面による申立ては原則としてできないことにする)ことを目指す場合は、【甲案】がもっとも直接的かつ効果的な手段といえそうです。しかし、他方で、パソコン等のIT機器を持っていない人、インターネット環境が身近に無い人、ITに習熟していない人などの裁判を受ける権利を害することになりかねないという問題があります。そのため、サポート体制の構築等を行う必要があることなどを考慮して、上記のように段階的に実現していくことが提案されています。

(3)IT化部会における議論

 オンライン申立ての義務化をどのように進めるかという問題は、今回の民事裁判手続IT化の議論の中でも重要な論点の一つです。企業の立場からすれば、IT化は当然の流れであり、全面的かつ早急に進めてほしいという要望が強いと思われます。IT化部会第1回会議においても、企業側の委員から、仮に丙案から始めた場合、オンライン申立ての一本化に進むまでの道のりが非常に長くなることが懸念されるので、デジタル化を実現するためには、甲案の義務化に向かって、期限を区切った形で進めていくのがよいのではないか、という旨の意見が出されています
 ただ、民事裁判手続の利用者がITに慣れているとは限らず、また、弁護士を頼まずに当事者自身が訴えを起こすケースも存在します。そのため、オンライン申立ての義務化を進めるにあたっては、並行して、当事者に対するサポートをどのように行っていくかということについても検討する必要があります。

3 オンラインによる訴え提起

(1)現在の民事訴訟法の内容

 現在の民事訴訟法の下では、訴えの提起は、裁判所に訴状と呼ばれる書面を提出してしなければならないと定められています(第133条)。

(2)本報告書の内容

 本報告書では、オンラインによる訴え提起について、以下のような規律とすることを提案しています。

  1. 訴え提起の時期について、裁判所の使用に係る電子計算機に備えられたファイルへの記録がされた時に、訴えの提起がされたものと扱う。
  2. 訴え提起の際に求められる添付資料について、可能な限り、バックオフィス連携を実現する(当事者の提出を要しない)ことを目指す。
  3. 本人確認については、最高裁規則の定めるところにより氏名又は名称を明らかにする措置を講ずることとし、具体的には、事件管理システムを利用することができるIDとパスワードを発行し、これらを用いて事件管理システムにログインし、オンライン申立てをした場合には、本人によるものと取り扱うこととする。

(3)IT化部会における議論

 訴えの提起については事件管理システムを利用することが提案され、また、事件管理システムの利用登録に関し、以下のような方法が案として示されました

  1. 利用登録をした者にIDとパスワードが発行される。その利用登録に当たり、本人確認として、最高裁規則の定めるところにより、氏名その他の事項を明らかにする措置を講じる。
  2. 利用登録をしようとする者は、通知を受ける電子メール等のアドレスを届け出る。
  3. 利用登録は個別事件の存否にかかわらず行うことができる(事前登録)。
  4. 利用登録をした当事者又は代理人は、発行されたIDとパスワードでログインし、個別事件の訴訟活動をすることができる。

 この事件管理システムの利用登録については、マイナンバーや法人番号等、既存の番号との紐付けを検討していった方がよいなど、利便性の向上を意識した意見などが出されました。
 また、バックオフィス連携に関しては、電子訴状に添付する書類のうち行政機関が交付するものについて、裁判所が当該行政機関の情報処理システムを通じてその情報を取得することの当否が問題となりますが、事件管理システムと行政機関のシステムとを接続することに関する技術面・費用面でのハードルの高さから慎重な意見もありました4

4 今後のIT化部会による検討事項

 IT化部会は、直近では令和2年9月11日に第3回会議が開催されたところです。IT化部会において今後予定されている検討事項として、例えば以下のような事項があります。

  1. 「証人尋問等」(ITを利用して(裁判所に出廷しなくても)証人尋問等を行うことができる場合を拡充することとしてはどうか)
  2. 「判決」(判決についても電子データにより作成することとしてはどうか)
  3. 「訴訟記録の閲覧等」(全面的に訴訟記録を電子化する場合において、事件管理システムの利用登録をした当事者は、いつでも事件管理システムに記録されている訴訟記録の閲覧及び複製をすることができることとしてはどうか)
  4. 「手数料の電子納付」(訴え提起手数料及び手数料以外の費用(保管金)の納付について、現金の電子納付その他の電子情報処理組織等を利用する方法に一本化して行うものとすること等についてどのように考えるか)

 訴訟記録の閲覧等については、プライバシーのほか営業秘密とも関わる内容ですので、企業の関心が強いところと思われます。
 私たち弁護士にとっても、民事裁判手続を利用する案件においては、代理人としての業務の進め方が大きく変わることが予想されますので、引き続きこのIT化の議論の行方に注目していきたいと思います。

以上

  1. IT化部会第1回会議議事録 (http://www.moj.go.jp/content/001327105.pdf
  2. IT化部会第1回会議における部会資料2によれば、端末別のインターネット利用率(平成30年時点)は、スマートフォンが59.5%、パソコンが48.2%、タブレット型端末が20.8%である。
  3. IT化部会第2回会議における部会資料3 (http://www.moj.go.jp/content/001324465.pdf
  4. IT化部会第2回会議議事録 (http://www.moj.go.jp/content/001329322.pdf