改正民法シリーズ①«消滅時効»

1 改正民法の施行が近づいてきました!

 2020年4月に改正民法が施行されます。現行の民法は1896年(明治29年)に制定され、その後、債権に関するルールについては、ほとんど改正されてきませんでした。今回の民法改正は、約120年ぶりの大改正であり、企業実務にも大きな影響が生じると思われます。
 改正の内容は極めて多岐にわたりますが、本稿では、「消滅時効」に関するルールの見直しについて取り上げます。

2 消滅時効制度について

 現行の民法は、「消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する」(第166条第1項)、「債権は、10年間行使しないときは、消滅する」(第167条第1項)と定めています。
 つまり、債権者は、「権利を行使することができる時」から、(権利を行使することができるにもかかわらず)「行使しない」という状態を10年間続けると、その権利(債権)を失うことになります。

 債権者が正当に有していた債権であるのに、時間の経過によって当該債権を失ってしまうことは、一見不合理なようにも思われます。このような時効制度が認められる趣旨としては、長期間にわたって「行使しない」という状態が継続すると、それを前提に社会生活や取引が営まれるため、後になってその状態を覆すことは混乱を招くこと、また、権利の行使を怠った者はその権利を失ってもやむを得ないと考えられること(「権利の上に眠る者は保護に値しない」と言われます)、加えて、長期間が経過すると権利関係を証明する証拠が散逸し、証明が困難になることにあると考えられています。

3 時効期間と起算点の見直し

  • (1)

    現行民法の内容

     現行の民法では、債権の消滅時効期間を10年間、債権または所有権以外の財産権の消滅時効期間を20年間と定めています(第167条)。
     もっとも、債権のうち一定の業種の債権については、消滅時効期間が10年間よりももっと短くなっています。例えば、工事の設計・施工業者の工事に関する債権の消滅時効期間は、工事終了時から3年間です(第170条第2号)。私たち弁護士の報酬債権の消滅時効期間は、事件終了時から2年間です(第172条第1項)。
     また、商行為によって生じた債権(企業の事業活動によって生じた債権はこれに当たります)の消滅時効期間は、5年間と定められています(旧商法第522条)。

  • (2)

    見直しの内容

     現行の民法では、上記のとおり業種や債権の内容により時効期間が細かく区分されていたため、債権ごとに時効期間の確認が必要となり、また、いずれの時効期間の規定が適用されるのか、不明確な場合があるなどの問題がありました。
     そこで、改正民法では、できる限り時効期間の統一化・単純化を図るべきであるという考え方の下、上記のような一定の業種に関する短期の時効期間の定めや、商行為によって生じた債権に関する時効期間の定めが廃止されました。
     そして、債権の消滅時効の起算点及び期間について、①「権利を行使することができる時から10年間」という現行の原則を維持した上で、②「権利を行使することができることを知った時から年間」という原則が新たに追加されました(①の期間の起算点を客観的起算点、②の期間の起算点を主観的起算点といいます。)。①または②のいずれかが経過した場合には、時効により債権が消滅することになります(改正民法第166条第1項)。

     また、債権の中でも、人の生命・身体が侵害されたことによる損害賠償請求権については、「人の生命・身体」という重要な利益を保護するものであることから、上記①の「権利を行使することができる時から10年間」という消滅時効期間の定めが、「権利を行使することができる時から20年間」に伸長されました(改正民法第167条)。
     さらに、同じ理由から、不法行為によって人の生命・身体が侵害された場合の損害賠償請求権についても、現行民法第724条では「損害及び加害者を知った時から3年間」と消滅時効期間が定められていたところ、「損害及び加害者を知った時から年間」に伸長されました(改正民法第724条の2)。なお、不法行為の時から20年間行使しないときも、損害賠償請求権は時効により消滅します(改正民法第724条第2号)。
     したがって、人の生命・身体が侵害された場合は、債務不履行(例えば労働契約上の安全配慮義務違反など)を理由として損害賠償を請求する場合も、不法行為(例えば暴行など)を理由として損害賠償を請求する場合も、時効期間(主観的起算点から5年間、または客観的起算点から20年間)は統一されます。

    主観的起算点客観的起算点
    一般的な債権権利を行使することができることを知った時から5年間権利を行使することができる時から10年間
    人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権(債務不履行に基づく場合)権利を行使することができることを知った時から5年間権利を行使することができる時から20年間
    人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権(不法行為に基づく場合)損害及び加害者を知った時から5年間不法行為の時から20年間

4 時効の「完成猶予」と「更新」

 現行民法では、時効の進行や完成を妨げる事由について、「時効の中断」「時効の停止」という概念が用いられていました。しかし、これらの用語の意味内容が分かりにくかったため、改正民法では、新たに「時効の完成猶予」「時効の更新」という用語によって、概念が整理されました。

 例えば、「裁判上の請求」「民事調停」「破産手続参加」「仮差押え」など一定の事由がある場合には、原則としてその事由が終了した後、一定期間が経過するまでの間は、たとえ本来の時効期間が経過しても、時効は完成しないと定められました(「時効の完成猶予」、第147条第1項等)。
 また、例えば、「裁判上の請求」を行い、当該請求権が確定判決によって確定したなど、一定の事由が生じた場合には、その時から時効が新たに進行を始めることが定められました(「時効の更新」、第147条第2項等)。

 また、現行民法では、債権者と債務者との間で権利についての協議が継続されている場合であっても、それにより時効の完成が妨げられる訳ではなかったため、債権者が時効完成の阻止を目的に訴訟提起等を検討せざるを得ないことがありました。
 そこで、改正民法は、「権利についての協議を行う旨の合意が書面でされたとき」は、時効は完成しないと定め、書面による協議の合意を、新たに時効の完成猶予の事由として追加しました。なお、この合意は電子メール等の電磁的記録によって行うこともできます(第151条)。

5 企業実務への影響

  • (1)

    債権者側の立場では

     債権者としての立場からは、時効期間の統一化が図られたことによって、債権が時効により消滅しないよう管理し易くなると考えられます。
     また、書面による協議の合意が時効の完成猶予の事由とされたことにより、時効期間の満了が近い状況において債務者と権利について協議をしているような場合、時効完成を阻止するための手段として、訴訟提起や調停申立て等のほか、一先ず債務者との間で協議の合意の成立を目指すという選択肢も有することになります(もっとも、債権の存否等について債務者と激しく対立している場合は、協議の合意を成立させることは現実的に難しく、訴訟提起等をせざるを得ないと思われます。)。

  • (2)

    債務者側の立場では

     時効期間及び起算点について、「権利を行使することができることを知った時から5年間」という新たな原則が導入されたことについては、これまでも商行為によって生じた債権の消滅時効期間は5年間とされ(旧商法第522条)、それに沿って実務も運用がなされていましたので、大きな影響はないと考えられます。
     他方、企業が事業活動を行う中で、何らかの事故により顧客の身体を侵害してしまい、損害賠償を求められるようなケースでは、当該損害賠償請求権について、改正民法によって伸長された時効期間が適用される場合が考えられます。

6 施行に向けて

 当事務所でも、改正民法に関するご相談を承ることが増えてきました。何かお困りのことなどございましたら、当事務所までお気軽にご相談ください。

以上