2018年外国投資リスク審査現代化法(FIRRMA)の制定とパイロットプログラム(試験的規則)の公表

1 はじめに

 2018年8月13日、米国において、2019年度国防権限法(John S. McCain National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2019)が制定されました。同法の中には、2018年外国投資リスク審査現代化法(以下「FIRRMA」といいます。)が含まれており、外国人(外国の個人、法人及び政府機関)による対米投資を審査する対米外国投資委員会(以下「CFIUS」といいます。)の権限を拡大しています。FIRRMAは、特定の国の個人や企業だけではなく、すべての外国人に適用されますので、今後、米国企業への投資を予定している日本企業等にも大きな影響があると予測されます。

 FIRRMAの大部分の規定は、同法の制定と同時に施行されていますが、新たにCFIUSによる投資審査の対象として加えられた不動産取引や重要インフラ事業への投資に関する規定など、一部の規定は未だ施行されていません。このような未施行の規定については、同法の制定日から18ヶ月後(2020年2月13日)又はCFIUSにより同法を施行する準備が整った旨公報に掲載された日から30日後のいずれか早い日に効力を有することとなります。

 また、同法は、CFIUSに対して、同法を試験的に実施するための規則(パイロットプログラム)を制定する権限を与えました。これを受けて、2018年10月11日、最初の試験的規則(以下「本試験的規則」といいます。)が公表され、未施行であった規定のうちの一部が同年11月10日より施行されています1。そこで、本稿では、本試験的規則の内容を踏まえながらFIRRMAによる投資審査の変更点、注意点、事例等をご紹介いたします。

2 投資審査制度の概要

 CFIUSは、国家安全保障への影響を判断するため、一定の取引について審査する権限を有します。この審査は、①取引の当事者による通知を契機として、又は②大統領もしくはCFIUSの職権で行われます。そして、審査の結果、当該取引が国家安全保障を脅かすものではないとして承認された場合には、その旨当事者に通知されることとなります。実務上、一定の条件を付した承認がなされることもあるようです2。他方で、国家安全保障に対する脅威があると判断された取引については、大統領による差止めのみならず、既に完了している取引については取消し等の対象となります。

3 FIRRMAによる重要変更点

  • (1)

    審査対象取引の拡大

     これまでは、米国企業を支配することとなる買収・合併等のみが審査の対象となっていましたが、FIRRMAは、この買収・合併等にジョイントベンチャーを通して行われるものが含まれることなどを明示し、さらに以下の取引を審査対象として追加しました。

    • 外国人による軍事施設など国家安全保障に関連する施設に隣接する一定の不動産等の購入、賃貸、権利の取得など(以下「不動産取引」といいます。)
    • (ア)重要インフラを所有、運営、提供等する米国事業(以下「重要インフラ事業」といいます。)、(イ)重要技術の開発等をする米国事業(以下「重要技術事業」といいます。)、(ウ)国家安全保障を脅かし得る個人情報を保持、収集する米国事業(以下「機密情報事業」といいます。)への外国人による投資
    • 外国人が投資先の米国事業において有する権利の変動により、外国人による米国事業の支配又は②を生じるさせるもの(以下「権利の変動」といいます。)
    • CFIUSによる規制の適用の回避を意図した取引

     以上の取引に関するFIRRMAの規定の施行状況は以下のとおりです。

    取引施行状況
    不動産取引未施行
    重要インフラ事業への投資未施行
    重要技術事業への投資本試験的規則により施行
    機密情報事業への投資未施行
    権利の変更一部既施行、一部本試験的規則により施行
    規制の適用の回避を意図した取引既施行

    ※上記表において、「既施行」はFIRRMAの制定と同時に施行されたことを意味します。

  • (2)

     重要インフラ事業・重要技術事業・機密情報事業への投資

    上記のとおり、FIRRMAは、新たに米国の重要インフラ事業・重要技術事業及び機密情報事業に対する投資を審査対象とし追加しました。ここでいう「投資」とは、外国人による非関連米国事業3への合併・買収等以外の直接又は間接的な投資であって、①米国企業の所有する重要な非公開技術情報へのアクセス、②米国企業の取締役会等への参加、取締役の指名等、又は③個人データ、重要技術、重要インフラに関する米国企業の意思決定への実質的な関与、を外国人に認めるものであると定められています。

     また、FIRRMAは、投資ファンドのLPが外国人である場合に、当該投資ファンドによる投資も審査対象となりうることを前提として、審査対象とはならない場合について定めています。概要、次の要件をすべて満たす場合には、外国人がLPとしてファンドに投資をし、当該ファンドにおける投資委員会のメンバーになったとしても、当該投資は審査対象とはなりません。

    • ファンドがGPにより運営されている
    • GPが外国人ではない
    • 投資委員会が、ファンドの投資先企業に関するGPの決定及びファンドの投資方針に影響を与える力を有しない
    • 当該外国人が、以下を含む投資ファンドを支配する力を有しない
      • (ア) ファンドの投資方針に影響を与える力
      • (イ) ファンドの投資先企業に関する、GPの決定に影響を与える力
      • (ウ) GPを一方的に解任する力、GPの解任を阻止する力、GPを選任する力、及びGPの給与を決定する力
    • 投資委員会等に参加していることによる非公開の重要情報にアクセスする力を当該外国人が有しない
  • (3)

    審査期間・審査費用

     FIRRMAにより、審査期間が75日から最大105日にまで延長され、無料だった審査費用として、$30万ドルと取引の1%のうち低い金額がかかることとなりました。

4 本試験的規則における重要技術及び対象産業分野

  • (1)

    先端技術及び基盤技術

    FIRRMAにより新たに審査対象となった取引のうち、重要技術事業への投資に対する審査に関する規制については、本試験的規則にて2018年11月10日より施行されることとなりました。本試験的規則では、何が「重要技術(Critical Technology)」に当たるのかを定めています。このうち、日本企業にとって特に関心が高いと思われるものとしては、「先端技術及び基盤技術」があります。

     ここで、何が「先端技術及び基盤技術」に当たるかが重要となりますが、これについては、FIRRMAと同時に制定された2018年輸出規制改革法(以下「輸出法」といいます。)にしたがう旨規定されています。輸出法はこれについてまだ具体的に定めていませんが、商務省産業安全保障局は、2018年11月に、何が「先端技術」に当たるかを定めるため、2019年1月10日までを期限として意見の公募を行いました4。なお、基盤技術に関しては別に意見の公募を行うことが発表されています。今後、集まった意見の検討等を経て、「先端技術及び基盤技術」の内容が具体化されることとなりますが、同局が意見の公募の際に「先端技術」として提案した以下14の技術分野5については、先端技術に含まれることとなる可能性が高いものと考えられます。

    • • バイオテクノロジー
    • • AI及び機械学習技術
    • • ロボティクス
    • • 積層造形(3D印刷)
    • • 位置測定、航法、時刻配信技術
    • • マイクロプロセッサ技術
    • • 先端コンピューティング技術
    • • データ分析技術
    • • 量子情報及びセンシング技術
    • • ロジスティクス技術
    • • ブレインコンピュータインタフェース技術
    • • 極超音速技術
    • • 先端材料
    • • 高度監視技術

     なお、本稿では取り上げませんが、輸出法において「先端技術及び基盤技術」の内容が具体的に定められれば、当該技術の輸出についても制限されるものと思われます。

  • (2)

    本試験的規則の対象産業分野

     本試験的規則では、27の産業分野(以下「対象産業」といいます。)が対象となっています。そして、①投資先の米国企業が重要技術を開発等しており、かつ②(ア)当該米国企業が当該重要技術を対象産業に関連して使用しているか、又は(イ)当該重要技術が対象産業における使用を目的として設計されている場合に、このような企業への投資が審査対象となります。今後、政府内での検討を経て、審査対象となる産業分野が追加される見込みですので、注意が必要です。

     本試験的規則で定められた対象産業には、コンピューター記憶装置製造業、コンピューター製造業、光学機器光学レンズ製造業、石油化学製品製造業、蓄電池製造業、ラジオ・テレビ放送・無線通信機器製造業、ナノテクノロジーの研究開発、バイオテクノロジーの研究開発、半導体製造業、電話機器製造業、タービン及びタービン発動機製造業といった産業が含まれています。

5 申告(Declaration)制度の新設

  • (1)

    申告制度の概要

     FIRRMAは、従来の通知又は職権による審査手続きに加えて、簡略化された申告(Declaration)制度を新設しました。申告制度とは、当事者が、行おうとする取引の概要を記した5頁以内の申告書を提出し、CFIUSがこれに基づき、当該取引について正式な審査を受ける必要があるか否かを事前に判断するという制度です。同制度では、申告がなされてから30日以内に審査の要否についての結果が出されることとなっており、国家安全保障上のリスクが少ない取引については、本制度を利用することで審査手続きの時間を短縮できることが期待されています。なお、審査の対象となることが見込まれる場合には、任意に最初から通知制度を選択して利用することも可能です。(両方を行うことはできません)。

     申告は、CFIUSのホームページ上の指定の様式に必要情報を記載し、必要書類等を添付して、メールにてCFIUSに提出することとなります。申告書は、以下のリンクから入手することができます。
    https://home.treasury.gov/policy-issues/international/CFIUS/declaration

     現在、本試験的規則に定められた重要技術事業への投資については申告が義務付けられていますが、これ以外の取引については申告制度を利用することができません。一方、FIRRMAでは、外国政府と「実質的な利害関係」がある特定の投資についての申告を原則義務としており、申告制度の利用についても今後の規則の制定を待つ必要があります。

  • (2)

    通知制度と申告制度の対照表

     通知制度と申告制度の違いは、概要、以下のとおりです。

    通知制度申告制度
    提出期限取引完了日の45日前まで
    審査期間最長105日最長30日
    内容取引に関する詳細な情報
    親会社等まで含む役員、
    株主等の個人情報
    5頁以内
    個人情報も限定的
    手数料$30万ドルと取引額の1%
    のうち低い金額
    通知/申告義務一部有
    通史/申告義務を
    怠った場合の罰則
    取引額を上限とした民事罰

6 事例

  • (1)

    ケース1

     A社(日本企業)は、蓄電池の先端技術を開発しているB社(米国企業)の株式4%を取得しようとしています。A社とB社の間の投資契約では、A社に対してA社の指名した者がB社の取締役会にオブザーバーとして参加する権利が与えられています。
     →B社が対象産業の要件を満たす場合、A社には申告義務があります。

  • (2)

    ケース2

     A社(日本企業)は、対象産業であるB社(米国企業)の株式4%を取得するための重要事項につき契約を締結しました。当該契約では、A社がB社の非公開重要技術に関する情報を知る権利を得ることが規定されています。契約締結後、B社の重要技術が輸出法の規制の対象となりました。
     →A社には申告義務はありません。

  • (3)

    ケース3

     A社(日本企業)は、GPが米国人であるベンチャーファンドにLPとして投資を行い、ファンドの投資委員会のメンバーとなりました。当該ファンドは、対象企業の株式の100%を保有しています。また、対象企業の重要技術の開発に関するGPの決定に対して、A社はGPの決定を承認する権利を有しています。
     →A社には申告義務があります。

7 おわりに

 本試験的規則は、FIRRMAの最終的な規則が施行された時点、遅くともFIRRMA制定から570日後(2020年3月5日)には効力を失うこととなります。もっとも、試験的な規則とはいえ現在は有効ですので、対米投資を行う場合には、本試験的規則の規定に注意して行う必要があります。また、最終的な規則に本試験的規則と同様の定めが織り込まれる可能性も十分にあると思われますので、迅速な判断が要求される投資の機会を逃さないためにも、現時点で本試験的規則の内容を理解し、今後の投資の際のコンプライアンスに備えることにも意味があるものと考えます。

 上に述べましたとおり、日本企業にとって特に影響があると考えられる先端技術及び基盤技術を開発する事業への投資に関する規制については、未だ規則の制定を待っている状態です。しかしながら、近く「先端技術及び基盤技術」の詳細が定められ、規制がなされることが見込まれます。その場合には、本試験的規則にしたがい申告義務が生じ、これを怠った場合には、重大な罰則が課される可能性もありますので注意が必要です。

 現在、FIRRMAのうちの大部分が施行されているとはいえ、未だ規則の制定を待っている規定も複数存在しており、最終的な規則が出される2020年2月13日までの間は、規制が流動的であるといえます。米国投資をお考えの場合には、このような流動的な規制について、現状どのようなルールが効力を有しているのかを把握し、当該ルールに則って取引を進めていくことが必要となります。

以上

  1. 1Determination and Temporary Provisions Pertaining to a Pilot Program To Review Certain Transactions Involving Foreign Persons and Critical Technologies, 83 Fed. Reg. 51,322 (Oct. 11, 2018) (codified at 31 CFR Part 801).
  2. 2Overview of the CFIUS Process at 2, https://www.lw.com/thoughtLeadership/overview-CFIUS-process (last visited Jan. 27, 2019)
  3. 3「非関連米国事業」とは、当該外国人が、投資先の50%を超える議決権又は取締役等の過半数を選任する権利を有しない米国事業を意味します。
  4. 4Review of Controls for Certain Emerging Technologies, 83 Fed. Reg. 64,299 (Dec. 14, 2018) (codified at 15 CFR Part 744).
  5. 5Review of Controls for Certain Emerging Technologies, 83 Fed. Reg. 58,201, 58,202 (Nov. 19, 2018) (codified at 15 CFR Part 744).