歩合給から割増賃金相当額を控除するとの規定が労働基準法37条に違反しないと判断された事例(東京高裁平成30年2月15日判決)

1 事案の概要

(1)本件では、歩合給の計算にあたり残業手当等の相当額を控除するY社の賃金規則上の規定(以下「本件規定」といいます)に関し、その有効性・適法性が問題となりました。
 Y社に雇用されていたXらは、歩合給の計算にあたり控除された残業手当等相当額の賃金支払義務を負うと主張して、Y社に対して、未払賃金等を請求する訴訟を提起しました。
 本件規定については、時間外労働等に対して残業手当等の割増賃金が支払われたとしても、歩合給の計算において割増賃金相当額が控除される点で、実質的に残業代は支払われていないように思えます。しかし、
 本件規定に関して、本判決は、労働基準法37条(時間外、休日、深夜労働に対し通常の労働時間の賃金に対する割増賃金の支払義務を課す規定)には違反しないと判断しました。実務的に興味深い判決かと思われるため、以下その内容について解説します。

(2)今回問題となったY社の賃金規則上では、本採用されたタクシー乗務員の賃金について、次のとおり定められていました。

  • 基本給として、1乗務(15時間30分)当たり1万2500円を支給する。
  • 服務手当(タクシーに乗務せずに勤務した場合の賃金)として、タクシーに乗務しないことにつき従業員に責任のない場合は1時間1200円、責任のある場合は1時間1000円を支給する。
  • 交通費として、交通機関を利用して通勤する者に対し、非課税限度額の範囲内で実費支給する。
  • 後記⑤から⑦の手当及び⑧の歩合給を求めるための対象額(以下「対象額A」といいます)を次のとおり算出する。
    対象額A=[(所定内揚高-所定内基礎控除額)×0.53]+[(公出揚高-公出基礎控除額)×0.62]
  • 深夜手当は、次のとおりとする。

    基本給+服務手当

    出勤日数×15.5時間
      ×0.25×深夜労働時間
    +
    対象額A

    総労働時間
      ×0.25×深夜労働時間
  • 残業手当は、次のとおりとする。

    基本給+服務手当

    出勤日数×15.5時間
      ×1.25×残業時間
    +
    対象額A

    総労働時間
      ×0.25×残業時間
  • 公出手当のうち、法定外休日労働分は、次のとおりとする。

    基本給+服務手当

    出勤日数×15.5時間
      ×0.25×休日労働時間
    +
    対象額A

    総労働時間
      ×0.25×休日労働時間

    公出手当のうち、法定休日労働分は、次のとおりとする。

    基本給+服務手当

    出勤日数×15.5時間
      ×0.35×休日労働時間
    +
    対象額A

    総労働時間
      ×0.35×休日労働時間
  • 歩合給(1)は、次のとおりとする。(ただし、交通費は、7時間45分の乗務につき片道分として計算。)
    対象額A-(割増金(深夜手当、残業手当及び公出手当の合計)+交通費)

    これが本件規定にあたります。

  • 歩合給(2)は、次のとおりとする。
    (所定内税抜揚高-341,000円)×0.05

2 裁判の経過

(1)第1審(東京地裁平成27年1月28日判決)は、本件規定のうち対象額Aから割増賃金を控除する部分を、労働基準法37条の趣旨に反し、ひいては公序良俗に反するものとして無効であると判断しました。控訴審(東京高裁平成27年7月16日判決)も、同様に公序良俗に反するとの理由で第1審の判断を維持しました。

(2)これに対し、上告審(最高裁平成29年2月28日判決)は、審理判断すべき事項について審理を尽くさ なかったとして、控訴審の判断を否定して東京高裁に差し戻しました。
 具体的には、まず、労働基準法37条は法定の方法で算定された割増賃金の支払義務を課すのみで、賃金規則の定め方について規定するものではないことから、本件において判断すべきは、Y社がXらに対し労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かであると判断しました。
 つまりは、歩合給の算定において割増賃金相当額を控除することの是非を審理判断するというよりは、Y社の賃金規則の内容全体等から見て、Xらに対して、法定の割増賃金が支払われたといえるか否かを判断すべきと述べているように思われます。そのため、上告審は本件規定の有効性・適法性を正面から肯定したわけではありません。
 次に、上告審は、労働基準法37条に定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かは、以下の基準によって判断すべきであり、これらの点についての審理が尽くされていないため、本件を東京高裁に差し戻すとしました。

  •  賃金規則において、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否か。
  •  そのうえで、そのような判別をすることができる場合に、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、法定の方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否か。
     本件規定の内容を踏まえますと、歩合給の計算にあたり、割増賃金相当額が控除される結果、時間外労働時間数の増加によって賃金総額が増えるという関係が基本的には生じませんが、上告審は、上記①②の基準を用いることにより、労基法37条所定の割増賃金が支払われているかを判断するとしたものと考えられます。
     なお、上記①の明確区分性は、労働者において、使用者から支払われた割増賃金が、法定の方法により算定された金額どおりに支払われているかを検証できるようにするための基準と思われます。

3 本判決(差戻審)の判断

(1)以上の上告審の判断を受け、差戻審で、Xら側は、歩合給算定の際に割増賃金を控除することによって実質的に割増賃金の支払いを免れることになるから、本件規定は合理性を欠き、労働基準法37条に違反すると主張しました。
 さらに、Xら側は、上記①(明確区分性)の基準に関し、割増賃金が通常の労働時間の賃金に加えて支払われているかを判断するためには、通常の労働時間の賃金が、時間外労働時間に応じて変動するものであってはならないとしたうえで、時間外労働時間に応じて増減が生じる歩合給(1)は通常の労働時間の賃金にあたると評価することができず、上記①の明確区分性が認められないと主張しました。

(2)差戻審である本判決は、本件規定の有効性・合理性を肯定したうえで、上告審が示した上記①②の基準も満たされると判断し、Xらの請求をいずれも棄却しました。
 本件規定が合理性を欠くとするⅩらの上記主張に対しては、労働効率性を評価して、労働時間の長短によって歩合給の金額に差が生じることは不合理ではない等として、退けました。
 上記①(明確区分性)の基準に関して、差戻審は、Y社の賃金規則で定める賃金のうち、基本給、服務手当及び歩合給の部分が、通常の労働時間の賃金に当たる部分となり、割増金を構成する深夜手当、残業手当及び公出手当が、労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分に該当すると判断しました。
 さらに、通常の労働時間の賃金にあたる部分とされた歩合給(1)に関しては、割増賃金の時間単価を求めるうえで算定基礎となる賃金を、歩合給(1)の金額(対象額Aから割増賃金等を控除した金額)にすべきと判断しました。
 Xら側の上記主張に対しては、歩合給の算定において、労働効率性を考慮に入れて、成果の獲得に要した労働時間によって金額が変動するとしても、通常の労働時間の賃金であるという本質を失わないとして、退けました。

4 解説

(1)上記のとおり、差戻審は、本件規定の有効性・合理性を肯定し、かつ、Xらに対し労働基準法37条に従い割増賃金が支払われていると判断しました。
 しかし、差戻審の判断については、今後も議論の余地があるように思われます。

(2)例えば、歩合給(1)の金額を「通常の労働時間の賃金」の額とした差戻審の判断には、反対する見解として、①割増賃金の算定基礎となる賃金は、通常の労働時間または労働日の賃金であって、時間外・休日労働等に対応する賃金は除外されるべきである、②長時間労働になるほど算定基礎や割増賃金が減少することを認める解釈は、労働基準法37条に適合したものとはいえない、というもの がみられます。

(3)また、差戻審は、本件規定の合理性を肯定するにあたり、歩合給の採用によって売り上げを伸ばして増収を図るために長時間労働に陥りやすい実態があること等といったタクシー業界の特性や、本件賃金規則の制定までのY社の労働組合との協議経過等も考慮に入れており、本件規定の内容だけでなく、その他の関連事情をも考慮していることが窺えます。そうなると、関連事情の範囲や関連事情をどこまで取り込むかについて、いまだ解釈の余地が残るのではないかと考えます。

(4)本判決に対しては、Xら側が再度上告しているようですので、再度の上告審の判断が待たれるところです。また、Y社に対しては、同様の訴訟が別途係属していますので、こちらの判断も注目されます。
 いずれにせよ、本件の一連の判断やこれに関する各見解を踏まえると、本件規定のような、一見して残業代規制の潜脱に思える規定は、安易に導入すべきではなく、導入するとしてもかなり慎重な検討が必要であると考えます。

以上

  1. i水町勇一郎・ジュリスト1519号4頁