有償ストック・オプションの費用計上化

1 はじめに

 今回は、新法や新判例の話ではありませんが、ベンチャー企業に関わることですので、有償ストック・オプションの会計処理について取り上げてみました。
 近年、新規株式公開(IPO)した、またはこれからする予定のベンチャー企業を中心として、企業がその従業員等に対して、新株予約権を付与する際に、当該新株予約権の付与に伴い当該従業員等1が公正価値相当額の金銭を企業に払い込む新株予約権の発行がよく行われています。
 このような新株予約権は、一般に有償ストック・オプションと言われています。
 有償ストック・オプションは、通常、新株予約権を報酬として付与するものでなく、公正価値による発行として投資取引と考えられてきました。公正価値を合理的に圧縮するために業績条件が付加されているのが大半で、かかる業績条件が未成就の場合には、当該新株予約権は消滅します。
 付与時に実際の金銭の払い込みがなされない通常のストック・オプションは、企業会計基準第8号ストック・オプション等に関する会計基準(以下「ストック・オプション会計基準」といいます。)上、報酬2として付与することになりますので、割当日から権利確定日3までの期間中、会計上、費用計上しなければなりません。
 それに対して、有償ストック・オプションは、投資取引と考えられていましたので、会計上、費用計上しないことになり、企業の利益を圧迫することないばかりか、公正価値による発行になるため取締役会で発行決議が可能となります。
 費用計上しないという利点に着目し、有償ストック・オプションを採用するベンチャー企業は急増しましたが、有償ストック・オプションの費用計上に関する会計処理の取り扱いは必ずしも明確ではありませんでした。
 そのため、企業会計基準委員会は、平成29年5月10日、実務対応報告公開草案第52号「従業員等に対して権利確定条件付きの有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い(案)」を公表し、同年7月10日までにパブリックコメントを集めました。
 これに反対する意見は、ベンチャー企業やベンチャー企業の支援者を中心に多数集まり、過去、類を見ないほどに多かったと言われています。
 しかしながら、企業会計基準委員会は、平成30年1月12日、実務対応報告第36号「従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い」(以下「本会計基準」といいます。)等を公表し、平成30年4月1日以降に発行する有償ストック・オプションは、会計上、費用計上しなければならないことを明確にしました。
 以下、詳細いたします。

2 有償ストック・オプションに適用する会計基準(本実務対応報告第4項)

4.従業員等に対して本実務対応報告の対象となる権利確定条件付き有償新株予約権 (本実務対応報告第2項参照)を付与する場合、当該権利確定条件付き有償新株予約権は、ストック・オプション会計基準第2項(2)に定めるストック・オプションに該当するものとする。
 ただし、権利確定条件付き有償新株予約権が従業員等から受けた労働や業務執行等のサービスの対価(ストック・オプション会計基準第 2 項(4))として用いられていないことを立証できる場合、当該権利確定条件付き有償新株予約権は、ストック・オプション会計基準第2項(2)に定めるストック・オプションに該当しないものとし(ストック・オプション会計基準第 16 項(7)及び第 29項)、当該権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引についての会計処理は、企業会計基準適用指針第 17号「払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品に関する会計処理」(以下「複合金融商品適用指針」という。)に従う。

 企業が、従業員等に対して、有償ストック・オプションを付与する場合、原則として、ストック・オプション会計基準第2項(2)に定める「ストック・オプション」に該当するものとされることが明確になりました。
 例外として、有償ストック・オプションが従業員等から受けた労働や業務執行等のサービスの対価として用いられていないことを立証できる場合には、当該有償ストック・オプションは、ストック・オプション会計基準に定める「ストック・オプション」に該当しないものとし、当該有償ストック・オプションを付与する取引についての会計処理は、企業会計基準適用指針第 17号「払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品に関する会計処理」(以下「複合金融商品適用指針」という。)に従うとされました。

 会社法上の「報酬等」とは、報酬、賞与その他職務執行の対価として受ける財産上の利益をいいます(会社法第 361 条参照)。すなわち、職務執行の対価であること及び財産上の利益であることが要件となっています。
 会計上も、「ストック・オプション」とは、自社株式オプションのうち、特に企業がその従業員等に、報酬として付与するものをいい、その「報酬」とは、企業が従業員等から受けた労働や業務執行等のサービスの 対価として、従業員等に給付されるものと規定されています(ストック・ オプション会計基準第2項(2)・(4))。
 これに対し、本会計基準では、「従業員等に対して本実務対応報告の対象となる権利確定条件付き有償新株予約権を付与する場合、当該権利確定条件付き有償新株予約権は、」対価性のないことを立証できた場合を除き、「ストック・オプション会計基準第 2 項(2)に定めるストック・オプションに該当する」旨規定されています(第 4 項)。
 ここに権利確定条件とは、勤務条件または業績条件が考えられますが、本公開草案に対するコメントの概要とその対応集(以下「コメント集」といいます。)の中で、「勤務条件が付されている場合、一定期間のサービスの提供を期待せずに当該条件を付す意義を合理的に説明することは困難であると考えられ、また、業績条件が付されている場合、従業員等は業績条件が満たされないと権利は得られないため、本公開草案では、企業は従業員等から追加的なサービスを期待して、権利確定条件を付しているもの」としています。
 その前提で、本会計基準では、有償ストック・オプションは、従業員等が一定の額の金銭を企業に払い込むという点で資金調達としての性格や投資機会の提供としての性格を有すると考えられるが、引受先が従業員等に限定されているという特徴を有していることを踏まえると、企業は追加的なサービスの提供を期待して権利確定条件付きで有償ストック・オプションを付与しているものと考えています。つまり、有償ストック・オプションは、従業員等から払い込まれる金銭の対価として付与されるという投資としての性格と、従業員等から受ける労働や業務執行等のサービスの対価として付与されるという報酬としての性格を併せ持つことになります。

 コメント集では、「資本市場における会計基準は、一般的には、投資家の意思決定に資するより有用な情報を提供することを目的として開発しており、目的が異なる会社法や法人税法における取扱いとの相違について言及することは適切ではないと考えられる。」と半ば開き直っているようにも思えます。
 また、従業員等が従業員持株会を通じて株式を取得する取引と、有償ストック・オプションを取得する取引は、従業員等が自らの金銭を対価として、発行企業の資本制金融商品と類似しているという反対意見もありましたが、コメント集では「従業員持株会を通じて株式を取得する場合、従業員は株式の取得にあたって特段の条件を満たすことが要求されないのに対し、権利確定条件付き有償新株予約権は権利確定条件が付与されるため異なる性格を有する」としています。

 企業側に例外事由(対価性のないこと)の立証の負担が課されていますが、一般的に有償ストック・オプションは従業員等に付与しているため、「従業員等から受けた労働や業務執行等のサービスの対価として用いられていないこと」の立証は非常に困難であると考えられます。 この例外事由に関する立証の負担が企業に課されていますが、一般的に有償ストック・オプションは従業員等に付与しているため、「従業員等から受けた労働や業務執行等のサービスの対価として用いられていないこと」の立証は非常に難しいと考えられます。

3 会計処理(本実務対応報告第5項から第8項)


5.従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引について、権利確定日以前の会計処理は次のように行う。

(1) 権利確定条件付き有償新株予約権の付与に伴う従業員等からの払込金額を、純資産の部に新株予約権として計上する。

(2) 権利確定条件付き有償新株予約権の付与に伴い企業が従業員等から取得するサービスは、その取得に応じて費用として計上し、対応する金額を、当該権利確定条件付き有償新株予約権の権利の行使又は失効が確定するまでの間、純資産の部に新株予約権として計上する(ストック・オプション会計基準第 4 項)。

(3) 各会計期間における費用計上額として、権利確定条件付き有償新株予約権の公正な評価額から払込金額(本項(1)参照)を差し引いた金額のうち、対象勤務期間を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づき当期に発生したと認められる額を算定する。当該権利確定条件付き有償新株予約権の公正な評価額は、公正な評価単価に権利確定条件付き有償新株予約権数を乗じて算定する。

(4) 権利確定条件付き有償新株予約権の公正な評価単価の算定は、次のとおり行う。

① 公正な評価単価は付与日において算定し、ストック・オプション会計基準第10 項(1)に定める条件変更の場合を除き見直さない(ストック・オプション会計基準第 6 項(1))。
② 権利確定条件付き有償新株予約権の公正な評価単価における算定技法の利用については、ストック・オプション会計基準第 6 項(2)に従う。なお、失効の見込みについては権利確定条件付き有償新株予約権数に反映させるため、公正な評価単価の算定上は考慮しない(ストック・オプション会計基準第6項(2))。

(5) 権利確定条件付き有償新株予約権数の算定及びその見直しによる会計処理は、次のとおり行う。

① 権利確定条件付き有償新株予約権数は、付与日において、付与された権利確定条件付き有償新株予約権数(以下「付与数」という。)から、権利不確定による失効の見積数を控除して算定する(ストック・オプション会計基準第 7 項(1))。
② 付与日から権利確定日の直前までの間に、権利不確定による失効の見積数に重要な変動が生じた場合(ストック・オプション会計基準第 11 項の条件変更による場合を除く。)、これに伴い権利確定条件付き有償新株予約権数を見直す。
 権利確定条件付き有償新株予約権数を見直す場合、見直し後の権利確定条件付き有償新株予約権数に基づく権利確定条件付き有償新株予約権の公正な評価額から払込金額(本項(1)参照)を差し引いた金額のうち合理的な方法に基づき見直しを行った期までに発生したと認められる額(本項(3)参照)と、これまでに費用計上した額(当該見直しの直前の権利確定条件付き有償新株予約権数に基づく権利確定条件付き有償新株予約権の公正な評価額から払込金額(本項(1)参照)を差し引いた金額のうち合理的な方法に基づき計上した額(本項(3)参照))との差額を、見直しを行った期の損益として計上する。
③ 権利確定日には、権利確定条件付き有償新株予約権数を権利の確定した権利確定条件付き有償新株予約権数に修正する。
権利確定条件付き有償新株予約権数を修正する場合、修正後の権利確定条件付き有償新株予約権数に基づく権利確定条件付き有償新株予約権の公正な評価額から払込金額(本項(1)参照)を差し引いた金額と、これまでに費用計上した額(当該修正の直前の権利確定条件付き有償新株予約権数に基づく権利確定条件付き有償新株予約権の公正な評価額から払込金額(本項(1)参照)を差し引いた金額のうち合理的な方法に基づき計上した額(本項(3)参照))との差額を、権利確定日の属する期の損益として計上する。

(6) 新株予約権として計上した払込金額(本項(1)参照)は、権利不確定による失効に対応する部分を利益として計上する。

6.  従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与する取引について、権利確定日後の会計処理は次のように行う。

(1) 権利確定条件付き有償新株予約権が権利行使され、これに対して新株を発行した場合、新株予約権として計上した額のうち、当該権利行使に対応する部分を払込資本に振り替える(ストック・オプション会計基準第 8 項)。

(2) 権利不行使による失効が生じた場合、新株予約権として計上した額のうち、当該失効に対応する部分を利益として計上する。この会計処理は、当該失効が確定した期に行う(ストック・オプション会計基準第 9 項)。

7.  第 5 項及び第 6 項における権利確定日は、次のとおりとする。

(1) 勤務条件及び業績条件が付されている場合、これらの条件のうちいずれかを満たすことにより権利が確定するときは、当該いずれかの条件を満たした日を権利確定日とする(企業会計基準適用指針第 11 号「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」(以下「ストック・オプション適用指針」という。)第 19 項(1))。

(2) 勤務条件及び業績条件が付されている場合、これらの条件のすべてを満たすことにより権利が確定するときは、これらのすべての条件を満たした日を権利確定日とする(ストック・オプション適用指針第 19 項(2))。

(3) 勤務条件は付されていないが業績条件は付されている場合、業績の達成又は達成しないことが確定する日を権利確定日とする。

8.  本実務対応報告に定めのないその他の会計処理については、ストック・オプション会 計基準及びストック・オプション適用指針の定めに従う。

 従業員等に対して、有償ストック・オプションを付与する取引についての会計処理は、基本的にストック・オプション会計基準第 4 項から第 9 項に準拠した取扱いを定めています。

【権利確定日以前の会計処理】
(1) 有償ストック・オプション付与に伴う従業員等からの払込金額を、純資産の部に新株予約権として計上する(本実務対応報告第 5 項(1))。
(2) 各会計期間における費用計上額として、有償ストック・オプションの公正な評価額から払込金額(上記(1)参照)を差し引いた金額のうち、対象勤務期間を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づき当期に発生したと認められる額を算定する。当該有償ストック・オプションの公正な評価額は、公正な評価単価に有償ストック・オプション数を乗じて算定する(本実務対応報告第 5 項(3))。
(3) 有償ストック・オプションの公正な評価単価は付与日において算定し、ストック・オプション会計基準第 10 項(1)に定める条件変更の場合を除き見直さない(本実務対応報告第 5 項(4)①)。
(4) 有償ストック・オプション数の算定及びその見直しによる会計処理は、次のとおり行う(本実務対応報告第 5 項(5))。

① 有償ストック・オプション数は、付与日において、付与された権利確定条件付き有償新株予約権数(以下「付与数」という。)から、権利不確定による失効の見積数を控除して算定する。
② 付与日から権利確定日の直前までの間に、権利不確定による失効の見積数に重要な変動が生じた場合、これに伴い有償ストック・オプション数を見直す。見直し後の有償ストック・オプション数に基づく有償ストック・オプションの公正な評価額から払込金額(上記(1)参照)を差し引いた金額のうち合理的な方法に基づき見直しを行った期までに発生したと認められる額(上記(2)参照)と、これまでに費用計上した額との差額を、見直しを行った期の損益として計上する。
③ 権利確定日には、有償ストック・オプション数を権利の確定した有償ストック・オプション数に修正する。修正後の有償ストック・オプション数に基づく有償ストック・オプションの公正な評価額から払込金額(上記(1)参照)を差し引いた金額と、これまでに費用計上した額との差額を、権利確定日の属する期の損益として計上する。

(5) 新株予約権として計上した払込金額(上記(1)参照)は、権利不確定による失効に対応する部分を利益として計上する(本実務対応報告第 5 項(6))。

【権利確定日後の会計処理】
(6) 有償ストック・オプションが権利行使され、これに対して新株を発行した場合、新株予約権として計上した額のうち、当該権利行使に対応する部分を払込資本に振り替える(本実務対応報告第6項(1))。
(7) 権利不行使による失効が生じた場合、新株予約権として計上した額のうち、当該失効に対応する部分を利益として計上する。この会計処理は、当該失効が確定した期に行う(本実務対応報告第6項(2))。

 なお、未上場企業については、ストック・オプション会計基準第13項で「ストック・オプションの公正な評価単価に代え、ストック・オプションの単位当たりの本源的価値の見積もりに基づいて会計処理を行うことができる。」という特例が定められていて、それに従うことになります(本会計基準第8項)。すなわち、未上場企業においては公正な評価単価の算定が難しいことから、本源的価値による算定を認め、本源的価値によった場合、ストック・オプションが、原資産である自社の株式の評価額がゼロとなる結果、事実上費用計上されないことになります。

4 適用時期

10. 本実務対応報告の適用時期等に関する取扱いは、次のとおりとする。

(1) 本実務対応報告は、平成30 年4 月1 日以後適用する。ただし、本実務対応報告の公表日以後適用することができる。

(2) 本項(1)の定めに従い遡及適用するにあたり、本実務対応報告の公表日より前に権利確定条件付き有償新株予約権が権利行使され、これに対して新株を発行している場合、新たな会計方針に基づき新株予約権として計上された額のうち、当該権利行使に対応する部分を払込資本に振り替えたことによる払込資本の増加額は、その他資本剰余金に計上する。

(3) 本項(1)の定めにかかわらず、本実務対応報告の適用日より前に従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与した取引については、本実務対応報告の会計処理によらず、従来採用していた会計処理を継続することができる。この場合、第9 項の定めに代えて当該取引について次の事項を注記する。

① 権利確定条件付き有償新株予約権の概要(各会計期間において存在した権利確定条件付き有償新株予約権の内容、規模(付与数等)及びその変動状況(行使数や失効数等))。ただし、付与日における公正な評価単価については、記載を要しない。
② 採用している会計処理の概要

 要するに、平成 30 年1月12日以降は本会計基準を適用することができ、同年 4 月 1 日以降は強制的に適用されますが、同日以前に従業員等に対して権利確定条件付き有償新株予約権を付与した取引については、本会計基準によらず、従来採用していた会計処理を継続することもできるということです。ただし、この場合、当該取引について次の事項を注記する必要があります

 権利確定条件付き有償新株予約権の概要(各会計期間において存在した権利確定条件付き有償新株予約権の内容、規模(付与数等)及びその変動状況(行使数や失効数等))。ただし、付与日における公正な評価単価については、記載を要しない。

 採用している会計処理の概要

5 さいごに

 前記の通り、本会計基準は、未上場企業には適用されませんが、上場企業には、平成30年4月1日から強制適用されます。
 もし、上場企業で、有償ストック・オプションの導入をお考えでしたら、速やかにご対応いただいた方がよいと考えます。導入に関してお困りごとがございましたら、まずは当事務所までご相談ください。当事務所でご相談に乗れる範囲は対応させていただき、オプション評価等対応外の部分は適切な機関をご紹介いたします。

以上

  1. 1「従業員等」とは、企業と雇用関係にある使用人のほか、企業の取締役、会計参与、 監査役及び執行役並びにこれに準ずる者をいいます(ストック・オプション会計基準第2項(3))。
  2. 2「報酬」とは、企業が従業員等から受けた労働や業務執行等のサービスの対価とし て、従業員等に給付されるものをいいます(ストック・オプション会計基準第2項(4))。3
  3. 「権利確定日」とは、権利の確定した日をいいます。権利確定日が明らかではない場合には、原則として、ストック・オプションを付与された従業員等がその権利を行使できる期間(以下「権利行使期間」という。)の開始日の前日を権利確定日とみなします(ストック・オプション会計基準第2項(7))。