平成28年消費者契約法改正(契約の取消事由が追加・拡張されました)

1 はじめに

 平成13年に消費者契約法が施行されてから10年以上が経過し、社会では高齢化の進展をはじめとするさまざまな変化が生じ、本法に関する裁判例や消費者生活相談事例も蓄積されてきました。
 このような状況を踏まえて、法の見直しが行われ、衆参両院における法律案の審議を経て、平成28年5月25日に消費者契約法の一部を改正する法律(平成28年法律第61号)が成立し、同年6月3日にこれが公布されました。この法律は、一部の規定を除き、公布の日から起算して1年を経過した日(平成29年6月3日)から施行されます。

 今回の改正は、契約の取消事由及び無効となる条項に関するものがメインとなっており、事業者にとっても今後の対応を検討すべき内容となっています。

2 消費者契約法の概要

 消費者契約法は、事業者と消費者との取引(いわゆるBtoC取引)に関し、消費者を保護することを目的とした法律です。
 同法は、事業者と消費者との間の情報格差、交渉力の格差にかんがみて、
 ①消費者が誤認した場合等について消費者が契約を取り消すことができること
 ②消費者を不当に害する条項を無効とすること
 等を定めています。
 上述のとおり、上記①②に関し、このたび改正がなされています。

3 改正のポイント①(取消事由について)

(1)現行法

 現行法では、事業者が以下の行為により契約を締結した場合に、消費者は契約を取り消すことが可能とされています(現行法4条)。

  •  ・事実と異なることを告げること(重要事項が対象になります)
  •  ・消費者にとって不利益事実を告知しないこと
  •   (こちらは重要事項又は重要事項に関連する事項が対象になります)
  •  ・不確実な事項に関して断定的判断を提供すること
  •  ・契約の締結を勧誘するに際し、消費者の住居等から退去せず、又は消費者が勧誘を受けている場所から退去させないこと

(2)改正点

 ア 新たな取消事由の追加

 今回の改正では、上記の取消事由のほか、過量な内容の契約が取消事由に追加されることとなりました(改正法4条4項)。
 高齢者の判断能力の低下等につけ込んで大量に商品を購入させる被害事案が発生したために、このような改正がなされるに至りました。

 具体的には、以下の要件の下で契約の取り消しができることになります。

  •  ・契約の目的となる物やサービスの分量、回数、期間(分量等といいます)が、当該消費者にとっての通常の分量等を著しく超えるものであること
  •  ・事業者が契約締結の勧誘に際し、これを知っていたこと
  •  ・当該勧誘により契約を締結したこと
  •   ※「通常の分量等」がどの程度のものかは、契約の内容、対価等の取引条件、消費者の生活状況、生活状況についての消費者の認識に照らして判断するとされています(改正法4条4項括弧書)。取引条件を例にすれば、安価なものよりは高価なものの方が「通常の分量等」は少なくなる傾向にあると思われます。

 事業者として、消費者の生活の状況等を積極的に確認しなければならなくなるか否かについては、今後の解釈運用の動向次第かと思われます。ただ、消費者の個人情報を把握したうえで勧誘時に利用する取引等においては、消費者の生活状況を把握できていた(ひいては過量であることを認識していた)と評価されうるので、より慎重に、過量な契約を締結していないか確認する必要があると思われます。

 イ 重要事項の範囲の拡大

 現行法では、不実告知や不利益事実の不告知があった場合には、契約を取り消すことができるとされています(現行法4条1項1号、同2項)。
 具体的には、重要事項について、

  1.  ①事実と異なることを告げ、告げた内容が事実であると誤認させた場合
  2.  重要事項とこれに関連する事項について、
  3.  ②利益となる旨を告げ、かつ、当該重要事項について消費者の不利益となる事実を故意に告げなかったことにより当該事実が存在しないと誤認させた場合

 そして、現行法では、「重要事項」については、契約の目的となるものの質、用途、対価その他の取引条件に関する事項に限定されており、契約の目的となる商品・役務等以外の事項は「重要事項」に該当しないとされていました(現行法4条4項)。
 改正法では、かかる重要事項の範囲が拡張され、

  1. ①契約の目的となるものが
  2. ②消費者の重要な利益についての危険等を回避するために通常必要であると判断される事情も「重要事項」に含まれ、
  3. ③これらの不実告知や不利益事実の不告知も契約の取り消し事由に該当することになりました(改正法4条5項3号)。
    この規定については、具体例を用いて説明します。

(具体例)
 バイク修理店において、「あなたのバイクのエンジンが故障しており、そのまま走ると事故を起こす危険がある」と告げられ、消費者がそれを信じて新しいエンジンに取り換えたものの、実はそのエンジンは事故を起こす危険があるほどには故障しておらず、事業者の説明内容が事実と異なっていた。

 この事例の場合、①「契約の目的となるもの」である新しいエンジンが「危険回避のために必要であると判断される事情」は、②そのまま走ると事故を起こす危険があるほどに故障しているという事情です(これが「重要事項」になります)。
 そして、③その点について不実告知があれば、取消が認められ得るというものです(本件では、元のエンジンは事故を起こす危険があるほどには故障しておらず、この点で不実告知があることになります)。

 事業者としては、商品等を勧誘するにあたり、単に意見や予告を告げる場合には、それが事実ではなく、あくまで主観的な評価に過ぎないことを明らかにすべきと思われます。
 また、勧誘に際し事実を告げる場合には、それが契約の目的となる商品等以外の事項であっても、不確実な内容を告げないようにするために、その内容が客観的な事実であるかを確認することが重要であると考えます。
 さらに、説明が事実に反することを極力避けるために、告げる事実の有無を確認した合理的な根拠もセットで告げることも考えられるところです(例えば、「警視庁は『今年の交通事故件数が前年よりも5%増加した』と発表した」と警視庁の発表を確認し、それをセットで伝えれば、仮に警視庁の発表が不正確であっても事実に反することはないと思われます)。

  1. ウ このほか、現行法では、取消権の行使期間が6か月とされていましたが、取消権を経過した事案が一定数発生したことを受け、行使期間が1年に伸長されました。

4 改正のポイント②(契約の無効について)

  1. (1)

    現行法

    現行法では、以下のような、消費者の利益を不当に害する条項は無効とされています。

    • ・事業者の損害賠償責任を免除する条項
    • ・消費者の支払う損害賠償額の予定条項
    • ・消費者の利益を一方的に害する条項
  2. (2)

    改正点

    1. 無効とする条項の追加

       今回の改正において、消費者の解除権を一切認めない条項についても、無効とすることになりました。

       具体的には、以下の条項が無効となります(改正消費者契約法8条の2)。

      •  ①事業者の債務不履行により生じた消費者の解除権を放棄させる条項
      •  ②契約が有償契約である場合において、契約の目的物に隠れた瑕疵があることにより生じた消費者の解除権を放棄させる条項

       なお、解除権を放棄させるものではなく、制限している場合については、本条の対象ではなく、消費者契約法10条(消費者の利益を一方的に害する条項の無効)の問題となり得ます。


       事業者として、債務不履行解除、瑕疵担保解除を対象とする放棄条項を設けることはおよそないと思われますが、それらの場合を含む形で、例えば「一切解約ができない」と規定している場合がないかを確認する必要があると思われます。

    2. 法10条に例示を追加

       現行法10条によって無効となるのは、①民法等のルールに比して消費者の権利を制限する条項で、②信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものの両方を満たす場合です。
       同条は、現行法では、特段の例示もなく、抽象的な規定となっていましたが、改正法においては、法10条に例示が追加されることとなりました。
       具体的には、消費者の不作為をもって当該消費者が新たな消費者契約の申し込み又はその承諾の意思表示をしたものとみなす条項が、上記①の条項として例示されました。

       今回の改正は、消費者の不作為をもって意思表示を擬制する契約条項が①の要件に該当することが明らかにされただけであり、従前どおり②の要件は維持されていますので、法的ルールが変更されたものではないといえます。

       ただ、消費者の不作為をもって意思表示を擬制する契約条項につき、消費者側が10条の問題として扱やすくなるという事実上の効果があるため、事業者としては、②の要件に該当していないか、契約条項の合理性を再度確認する必要があると思われます。
       ②の要件との関係で合理性が認められるかは、個別の判断にならざるを得ませんが、契約条項の内容に加えて、勧誘時の説明や更新条項などについて適宜リマインドを行うこと等も合理性の評価に影響するものと思われます。

5 終わりに

 今回の改正は、消費者被害事例の蓄積を背景にしており、今後も消費者契約法のほか、BtoCに適用のある法律については、改正が行われる可能性が十分にあります。
 そして、改正の都度、従前の消費者との契約内容等を見直していく必要があるものと思います。このようなBtoCの取引に関して、契約内容等にお悩みの企業様はぜひ当事務所までご相談ください。

以上