定年後再雇用の嘱託社員の待遇が労働契約法20条に違反するとされた事例(東京地方裁判所平成28年5月13日判決)

第1 はじめに

 現在、安倍政権の下、厚生労働省が「同一労働同一賃金」の実現に向けた検討会を発足させ議論を進めています。同一(価値)労働同一賃金とは、職務内容が同一又は同等の労働者に対し同一の賃金を支払うべきという考え方で、安倍政権の目指す1億総活躍社会の実現施策の一環として注目されています。

 ちなみに、この同一労働同一賃金は、パートタイム労働法8条や9条、労働契約法20条などにより、既に現行法下においても一部実現されています。今回ご紹介する事例は、上記のような新たな変革期の中、労働契約法20条の解釈適用が争点となったものであり、マスコミ等でも取り上げられているものです。

 なお、先に申し上げておくと、本判決はあくまで第1審判決です。現在、控訴審が係属中のようであり、上級審で見直される可能性は残っています。

第2 事案の概要

 被告は、セメント輸送事業等を営む株式会社であり、原告らは被告で正社員として就労し定年を迎えた後、被告の採用する定年後再雇用制度により、嘱託社員として有期労働契約を締結しました。

 なお、原告らは定年退職の前後を通じて乗務員として業務に従事しており、再雇用後も正社員である乗務員と同一の業務内容で、かつ業務に伴う責任の程度に違いがありませんでした。また、労働契約において、被告の業務の都合により勤務場所及び担当業務を変更することがある旨が定められ、これと同旨の規定は正社員の就業規則にも定められていました。

 原告らは、正社員より低い賃金を定めた被告の嘱託社員用就業規則の規定は労働契約法20条により無効であり、嘱託社員についても正社員用就業規則が適用されるべきであると主張し、正社員同様の賃金支払を求めました。

第3 裁判所の判断

1 判断枠組み

 まず、裁判所は要旨以下のように述べて、処遇の相違が労働契約法20条に違反して不合理なものと認められるか否かについての判断枠組みを示しました。

 労働契約法は、処遇の相違が不合理か否かの判断要素として、①職務の内容、②当該職務の内容及び配置変更の範囲のほか、③その他の事情を掲げており、一切の事情を総合的に考慮することになるが、法文上明示されていることから、とりわけ①②が重視される。また、有期契約労働者と並んで非正規労働者と位置づけられることの多い短時間労働者については、パートタイム労働法(現)9条が、正社員と職務内容が同一で、職務内容及び配置が正社員と同一の範囲で変更されると見込まれるものの差別的取扱禁止(均等)を定めている。
 よって、有期契約労働者についても、職務内容並びに職務内容及び配置の変更範囲が正社員と同一であるのに、賃金に差を設けることは、これを正当と解すべき特段の事情がない限り、不合理であるとの評価を免れない。

2 あてはめ

 次に、具体的な判断としては、本件では、正社員と同一の業務内容で、配置変更の範囲も同じであるから、正当と解すべき特段の事情の有無が問題となるとし、この点について、概要以下の理由から特段の事情はないと判断しました。

  1. ⑴ 被告の定年後再雇用制度は、高年齢者雇用安定法により義務付けられた高年齢者雇用確保措置であり、定年前の業務と同じ業務に従事させるかはさておき、再雇用後の賃金を定年前から引き下げることが多いのは公知の事実であり、それ自体には合理性がある。しかしながら、定年の前後で職務内容並びに職務内容及び配置変更の範囲が全く変わらないまま賃金だけを引き下げることが、企業一般において広く行われているとまでは認められない。
  2. ⑵ 被告の定年後再雇用制度は、賃金コスト圧縮の手段としての側面を有していると評価されてもやむを得ず、しかも、賃金コスト圧縮を行わなければならない財務状況ないし経営状況ではなかった。
  3. ⑶ 定年後再雇用制度が年金と雇用の接続という合理性を有していたとしても、そのことから直ちに、同一業務に従事させながらその賃金水準だけを引き下げることに合理性があることにはならない。

3 結論

 以上から、裁判所は、労働契約法20条違反を認定し、嘱託社員用就業規則は無効と判断しました。そして、被告の正社員用就業規則が、原則として全従業員に適用され、嘱託社員についてはその一部を適用しないことがあるとされていたことからすれば、「嘱託社員の労働条件のうち無効である賃金の定めに関する部分については、これに対応する正社員就業規則その他の規定が適用されることになる」として、被告に対する正社員の賃金との差額の支払い請求を認めました。

第4 コメント

  1.  定年後再雇用制度に絡む不合理性の判断については、労働契約法に関する厚労省の施行通達(平成24年8月10日基発0810第2号)では、「例えば、定年後に有期労働契約で継続雇用された労働者の労働条件が定年前の他の無期契約労働者の労働条件と相違することについては、定年の前後で職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲等が変更されることが一般的であることを考慮すれば、特段の事情がない限り不合理と認められないと解される」と言及されていますが、この通達の見解は、定年の前後で職務内容・配置変更等の範囲が変更されることが一般的であるとの理解を前提としたものですから、その前提が崩れている場合について判断した本判決は、この通達の見解と直ちに矛盾するものではないと言えます。
  2.  本判決の打ち出した厳格な判断枠組みは、職務の内容・配置変更等の範囲が共に同一であることが前提ですが、本件では、この同一性がいずれもあっさり肯定されています。
     この点、本件では、原告の職務内容が「乗務員」という現業的な(ブルーカラー的な)単純労働であったため、職務内容の同一性を認めやすかったものと想像されますが、仮に裁量のあるホワイトカラー的な労働者の場合には、職務内容の同一性が激しく争われるケースは十分考えられます。
     なお、配置変更等の範囲の同一性については、ニヤクコーポレーション事件(大分地裁平成25年12月10日判決)において、就業規則上正社員と準社員とで書き分けられていたものの、正社員であっても転勤・出向の実例が少なく、また、チーフ、グループ長、運行管理補助者などに準社員も任命されていたという実態を重視し、「正社員と準社員の間で、配置の変更の範囲が大きく異なっていたとまではいえない」と結論付けられているのが参考になります。

第5 結語

 本件のように定年後再雇用制度を採用しており、定年の前後で職務内容等に相違がない会社は珍しくないと思われます。したがって、マスコミ等で取り上げられたことも相俟って、類似事例の提訴が増える可能性もあります。もちろん、昨今の同一労働同一賃金への関心の高まりを受けて、定年後再雇用以外の事例でも同様のことが言えます。

 当事務所では、同一労働同一賃金に関する研鑽を日々積んでおりますので、訴訟対応や予防法務としての体制整備等、お気軽にご相談ください。

以上